遺構と文献の対比 2
法隆寺塔の躯体壁と一致し、現在の藁縄とも共通します。
この点から、壁下地の仕様に関して金堂と塔を比較した場合、後者の方がより奈良時代に近い形であることが証明されるわけです。
ところで、木舞はその構成から見て、竹のように細長く割りやすい材料を用いるのが最も便利で、事実、現在では貫を除いてすべて竹で編まれます。
古く『魏志倭人伝』には「篠」・「鋒」・「桃枝」と呼ばれる竹が見え、それぞれ「しの」・「矢柄に用いる竹」・「かづら竹」に比定されています。
また『万葉集』等にも竹がしばしば歌い込まれているから、外壁リフォーム技術のある今日に比して特に入手し難い材料であったとも考えられず・・・
現実に竪穴住居で細竹を屋根下地に使っていた例も報告されています。
しかるに壁下地に関して、遺構・遺物・記録とも竹を木舞に充てた例は全く現われず、かえって当時の技術では製材が困難であったと思われる木の小割材のみが使用されています。
この理由については、いまのところ明確な説明が与えられていません。